2014年7月18日

杉田成道・監督の『GIVE ME FIVE!』MVについて
今頃?いやいや今だから、いわせてもらおうか
なぜなら『若者たち2014』が「48」年後のリメイクだからさ

「GIVE ME FIVE!」(ギブ ミー ファイブ!)
AKB48の25枚目のシングル。
2012年2月15日発売.。

曲ではなくMVのはなし。
監督は『北の国から』で知られる杉田成道
MVは30分以上もあり
結構な役者さんも出てる。
おまけにメイキング映像までついてる。
内容は定時制高校を舞台にした青春ドラマ

定時制高校って(笑)
ドラマとしては1960年代のテーマ。
有名なのは
坂本九ちゃんの
「見上げてごらん夜の星を」
永六輔&いずみたくのがミュージカル
夜間高校生たちが主人公だからね
「見上げてごらん夜の星を」
なのさ
「GIVE ME FIVE!」
なんてワケわからんことはいわない
昭和はステキ。

ミュージカル
「見上げてごらん夜の星を」
1973年にフォーリーブスと南沙織
南沙織!!だよ
で再演されているが
初演から10年以上たち
夜間高校生の実態が
大幅に変わり
オーディエンスの反応は
微妙だったようだ。

1973年ですでに違和感があったんだよ。
定時制高校に通っている方には失礼だが
なんちゅうアナクロと思ったよ。
だいたい
定時制高校の生徒が
風俗嬢だったり
アル中の父親がいたり
精神がイッちってる生徒だったり、
てなステレオタイプな設定は
それこそ定時制の生徒に
失礼だわ。

ラーメン屋で働くマエアツ
お約束の
お皿ガッチャーン
足元はピカピカの
コンバースですから
違和感

オレは『北の国から』は
裕木奈江が出たあたりから
「ダメ」になったとおもってる。
宮沢りえ、内田有紀ときて
もう呆れた。

時代感覚ズレまくりで呆れた。
倉本聰老いたりと思ったが。
この「GIVE ME FIVE!」のMV見ると
どうも杉田成道も戦犯の一員だな。

ちゃんと立て直さないから
吉岡秀隆と内田有紀の
私生活みたいに
龍頭蛇尾な終わりかたになる。
今だに富良野通いしてる
ビビる大木なんかは
ホントバカ

で、このズレタ時代感覚の
MVをみていてさ
杉田成道は『若者たち』を
やりたかったのではないか
と思ったのさ。
そういう目で見れば
まあ、納得できるところもある。

1966年版『若者たち』で長男役だった
田中邦衛は
『北の国から』では父を演じた。
そして48年後の
『若者たち2014』だけど
配役を見る限り、
前シリーズの遺伝子を引き継いでるとは思えない。
ちゃぶ台だせばイイちゅうもんじゃない。

余談だけど
野島伸司脚本の『ひとつ屋根の下』は
『若者たち』が元ネタといはれてる。
「看板」倒れになるくらいなら
上手にパクったドラマをつくったほうが
よほどまし。

『GIVE ME FIVE!』のメイキングで
教師を演じた陣内孝則が語ってる
『1970 ぼくたちの青春』
といふ1991年のドラマがある。
脚本は松原敏春、演出は杉田成道
吉岡秀隆も出てる。
未見なので内容はパス。
しかし
『1970 ぼくたちの青春』
というタイトル
なんか覚えが

「1970年夏、あの日の風は、ものうく、
ほろ苦く通りすぎていった。僕たちの夢は、もう戻りはしない。」
このドラマの宣伝コピーではない。

「一九七〇年、夏 これが僕たちの青春だった」
村上春樹『風の歌を聴け』 
雑誌広告のコピーでした。
ま、これも余談。
なんとなくテレビを見ていたら
ALFEEの高見沢が
“俺達の時代を忘れないで”
“When I was young 1969“
なんて歌っている。

なんじゃこりゃダヨ。
“ロック・アウトされたキャンパス”
なんてアンタ知らんでしょう。
年あわないし。
ようわからんわ。

ユーミンの
「『いちご白書』をもう一度」
(オレの大嫌いな曲な)
に出てくるみたいな奴は大勢いたさ。
学生時代ゲバ棒を散々振っていて
卒業が決まったら銀行へ就職した奴を知ってる。
友人の兄貴。親父は上場企業の重役さ。

何処かで、見たか、聞いたか、
したような「お話」は
ゲゲゲ~だわ
「『いちご白書』をもう一度」は、
今は青春決別ソングみたいになってる。
ので、
もう、タイトル変えてくれ
「『タイタニック』をもう一度」
とかでいいじゃないの。

マエアツじゃない
マエフリながくなりました。
『GIVE ME FIVE!』のMVみて
ギョギョとなったのは
コレ
柴田翔
「されどわれらが日々」

陣内孝則扮する教師が
卒業してゆく生徒たちに
この本の一説を読んで聞かせる。

そして、こんなインサートが
東大紛争当時の「安田講堂」
でしょうな。

「されどわれらが日々」
の時代背景はこの時より前。
「六全協」だの「山村工作隊」だの
いうてもわからんわな。

昔、山屋だったころ
甲州や上州の山村で
この辺で赤軍が訓練していた
なんて話を
聞いたことがある。

「山村工作隊」は小松左京とか
映画監督になった誰かさんとかがいたと思う。
末期症状のサヨクは
なんで山籠もりしちゃうのかね
国定忠治じゃね~かと思って
「山村工作隊」と「赤軍」
の足跡を調べたことがあるが、
まあ、こんなところには書かない。

オ!再び三度ビックリ
「されどわれらが日々」
と検索したら
「されどわれらが日々 困難」
って検索ワードがでたぞ

買えよ。バカ
アマゾンで1円だ(送料別)
おすすめはコレ
なぜなら
「ロクタル管の話」
も読めるから。

『中学3年生の〈ぼく〉らが夢中になっていたのは、
自分たちでラジオを作ること。
ハンダごてを使って、電気回路を作るのです。』
それで〈ぼく〉らは部品を買いに

「秋葉原」へゆくのさ。

1943年生まれで
1967年に大学を卒業した
慶應ボーイで空手部のキャプテン
コンサバで武道派の
杉田成道監督に
学生運動の経験あるのかね。

そう思ちゃうのは
60年安保(「されどわれらが日々」)には
(年齢的に)間に合わず
70年安保(「安田講堂」)には
(もうフジテレビ社員で)遅れたきた青年
杉田成道

なんで
「されどわれらが日々」
なんか持ち出したかね。

「されどわれらが日々」の朗読シーンに
「安田講堂」のカットをインサートする
なんて錯誤を
やらかしてるんじゃ
知ったかぶりにもなりませんがね

なんも知らん
バカなオタが間違いまっせ。

永島慎二『黄色い涙』や
川本三郎『マイ・バック・ページ』の
映画化も同様の苦々しさを
覚えるね。

「あの時代」を書かない村上春樹
もう書かない柴田翔
沈黙してる庄司薫
理由はなんなんでしょうかね。

それで
陣内孝則扮する教師は
「困難」
に立ち向かう
勇気を持て
なんて、いっちまう。

時代的・政治的「困難」と
個人的な「困難」は
ち・が・う
んじゃねえの。

たとえば
この定時制高校の生徒個々人の問題は
「金目(カネメ)」で
あらかたかたずく。

ゲンに
70年代以降の日本人は
思想・心情を捨て
企業「戦士」となり
エコノミックアニマルと揶揄されても
なお
物質主義・拝金主義
に邁進したわけ
高度経済成長
 
ん~やっぱ長くなるな
未完で
終了しておく





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